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中国でHIV感染拡大の脅威、見えざるパンデミックの足音、経済発展の裏に潜む構造的病理
配信日時:2025年12月8日 7時30分 [ ID:10698]

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 中国社会の深層で、静かに、しかし確実にHIV(ヒト免疫不全ウイルス)の感染が拡大している。公式メディアによる報道が極端に制限される中、その実態は「見えざる脅威」として進行しており、十分な対策が講じられなければ、かつてのパンデミックに匹敵する社会的リスクとなる可能性がある。本稿では、一般に流布する偏見を排し、疫学的・社会構造的な観点からその拡大要因を客観的に分析する。

 「外部からの流入」という誤謬

 中国国内の一部世論やネット空間では、HIV感染拡大の原因を在留アフリカ人に求める言説が散見される。現在、中国には約40万〜50万人のアフリカ系住民(留学生や貿易商)が滞在していると推計されるが、感染拡大の主因を彼らに帰結させる科学的根拠は乏しい。むしろ、こうした「外部への責任転嫁」は、国内に内在する真の感染ルートを隠蔽し、問題の本質を見誤らせる危険性を孕んでいる。

 「売血」による感染爆発の爪痕

 中国におけるHIV感染の歴史的かつ科学的な起点は、1990年代から2000年代にかけて内陸部の貧困農村地帯で行われた「売血」にある。故・高耀潔医師(2023年死去)の決死の告発により明らかになったように、当時、現金収入を得る手段として多くの農民が売血を行った。

 医学的な観点から見て致命的だったのは、その採血プロセスである。非衛生的な環境下で注射針や器具の使い回しが常態化しており、これが血液媒介によるウイルス感染を爆発的に広げる直接的な原因となった。一部の村落では住民の多くが感染するという壊滅的な被害が生じたが、この事実は長らく隠蔽されてきた。この時期に形成された感染者の「貯水池(リザーバー)」が、現在の感染拡大の伏線となっている点は見逃せない。

 流動化する社会と新たな感染経路

 かつて中国は戸籍管理制度により人口移動が厳格に制限されていたため、地方の感染症が全国規模で拡散することは稀であった。しかし、改革開放以降の経済発展に伴い、農村から都市への巨大な労働力移動(出稼ぎ)が常態化した。疫学的に見れば、これはウイルスが局所的な「点」から全国的な「面」へと拡散する経路が完成したことを意味する。

 さらに近年、看過できない傾向として、50代〜60代以上の高齢者層における感染増が指摘されている。都市部の周辺にある低価格な風俗店などを介した性交渉が感染ルートとなっているが、若年層に比べ性感染症への警戒心が薄く、かつ社会的に注目されにくい層であるため、対策の死角となっている。

 「検査忌避」とガバナンスの欠如

 感染拡大を加速させる最大の要因は、社会的なスティグマ(烙印)と不透明なガバナンスにある。中国社会ではHIV感染に対する差別意識が根強く、感染の疑いがあっても検査を忌避する傾向が極めて強い。その結果、無自覚なまま感染を広げる「隠れキャリア」が増加し、発症して重症化するまで実態が把握されないという悪循環に陥っている。

 本来であれば、NGO(非政府組織)による啓発活動やWHO(世界保健機関)の介入が求められる局面だが、中国国内ではNGO活動が厳しく制限されており、国際機関の関与も限定的である。地方政府による情報隠蔽体質も相まって、正確なデータに基づいた公衆衛生対策が機能不全に陥っているのが現状だ。

 結論:直視すべき「静かなる危機」

 インフルエンザや新型コロナウイルスのように症状が可視化されやすい感染症とは異なり、HIVは潜伏期間が長く、静かに社会を蝕む。差別による情報の断絶、人口移動による拡散、そしてガバナンスの欠如という複合的な要因が絡み合う現状は、中国社会が抱える最大級の潜在リスクと言える。
経済発展の光の影で進行するこの「静かなる危機」に対し、科学的根拠に基づいた透明性のある対策へと舵を切れるか。中国の公衆衛生ガバナンスが今、問われている。

【編集:af】

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