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【第1回】東南アジア大洪水の深層:ラニーニャと熱力学が招く複合的危機 2025年12月1日
配信日時:2025年12月1日 7時45分 [ ID:10662]

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気象変動リスク分析

 2025年後半、東南アジア諸国連合(ASEAN)を襲った広域的な集中豪雨と河川氾濫は、単なる気象の偏りとして処理しきれない。フィリピンからインドシナ半島に至る甚大な被害は、地球規模の海洋・大気システムが温暖化の進行によって変質した結果であり、複数の極端現象が連鎖する「複合的危機」の様相を呈している。

 本稿(全2回)では、この異常事態の科学的背景を分析し、地域経済が直面するリスクの所在を明確にする。第1回は、豪雨をもたらす主要因たる物理メカニズムと、被害が顕著なフィリピン・インドシナ半島の状況を詳述する。

1. 豪雨の科学的メカニズム:気候駆動因の同時作用
2025年後半の豪雨の激甚化は、主に以下の三つの物理要因が重畳(ちょうじょう)した結果である。

(1) ラニーニャ現象の長期化と湿潤化

2024年のエルニーニョ終息後、太平洋赤道域では海面水温が低いラニーニャ現象が再発・定着している。この現象は、西太平洋域、特にフィリピンやインドネシア周辺の海水温を平年より高温に保ち、活発な上昇気流を促す。これが東南アジア全域への湿潤な空気供給を恒常化させている。

(2) インド洋ダイポールモードの収束(コンバージェンス)

インド洋においても、東部(スマトラ島沖)の海水温が高くなる負のインド洋ダイポールモード現象(nIOD)の影響が認められる。インド洋と太平洋双方から湿った空気が東南アジアの島嶼部や沿岸部で収束することで、局地的に「線状降水帯」が形成され、降雨の持続性を高めた。

(3) 気温上昇による飽和水蒸気量の増加

地球温暖化によりベース気温が上昇したことで、大気の水蒸気保持能力が構造的に強化されている。クラウジウス・クラペイロンの式に基づけば、気温1℃の上昇で飽和水蒸気量は約7%増加する。この熱力学的効果が、同じ気象システムでも雨量のみを増大させる「豪雨の激甚化」を引き起こしている。

2. 地域別分析:フィリピンとインドシナ半島のリスク顕在化

(1) フィリピン:台風の「停滞」と「勢力維持」
ルソン島およびビサヤ諸島を襲った広範囲な浸水は、台風の移動速度の低下に起因する。上空の偏西風の蛇行等により、台風を流すステアリング・フローが弱まり、台風が陸地近くに長時間「停滞(Stalling)」。総雨量が従来の予測値を大きく上回った。また、高水温の持続により、台風が勢力を維持したまま沿岸部に接近する傾向が定着している。

(2) タイ・ベトナム:メコン流域の構造的脆弱性
タイ北部での大洪水が南下し、ベトナムのメコンデルタに至る一連の水害は、地形要因と水文学的な複合性が背景にある。

 地形性降雨の強化: アナン山脈等に吹き付けるモンスーンが強化され、持続的な豪雨(地形性降雨)が発生。

水文学的ボトルネック: 上流部と下流部の満潮時刻が重なり、河川水が海へ排出されずに逆流する**「バックウォーター現象」が常態化。治水インフラの許容量を超過した。

(第2回「インドネシアの状況と2026年予測」へ続く)

【編集:OQ】

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